Have a Stroll (1)

フリジアンの緊張感

曲の冒頭の部分(0'00''〜1'19''、あるいはその後のそれに相当する部分)をAと呼ぼう。このAの部分は、それに続く部分と雰囲気が異なり、独特の緊張感を持っている。これは、このAの部分がフリジアン・モードを基調に作られているということがその一因といえる。

Aの部分は3回同じ「コード進行」が繰り返されてできているが、その一つの単位を前半と後半に分けることができるので、ここでは、前半をA-1、後半をA-2と名付けよう。

A-1は概ね以下のような「コード進行」になっている。「コードネーム」で書けば、「C#m7(9) D#m7 | E△7/F# D#m7/G#」となる。

A1

一方、A-2は概ね以下のようであり、「コードネーム」で書けば、「E△7 D#m7 | E△7 D#m7」となっている。

A2

ここの構造は、どちらかといえば「コードネーム」よりも、楽譜か耳で聞いた方がわかりやすいが、A-1, A-2とも、ベース音を除いた上部構造は同じであり、ベース音がA-1では「ド#、 レ#、 ファ#、 ソ#」、A-2では「ミ、 レ#、 ミ、 レ#」と動くだけの違いになっている。

さて、この曲はキーがBであり、シャープが非常に多くなるので、以下、半音上のCのキーに移調して機能を考えてみよう。

A-1は、「コードネーム」で書けば、「Dm7(9) Em7 | F△7/G Em7/A」となる。1小節目は、度数でいえばIIm7, IIIm7となり、ダイアトニックな「コード」が並んでいるように見える。一方、2小節目は、ベースだけ見るとV度とVI度が並んでいるように思えるが、上部構造が異なっておりそのような解決感がない。しかも、この部分のメロディーはミの音を中心に構成されているため、どちらかというと1小節目の2番目のコードであるEm7に安定感があるように聴こえる。

これはさらに、A-2の部分ではっきりする。Cのキーに移調すると、「コードネーム」は「F△7 Em7 | F△7 Em7」となり、Em7の部分に向かって解決をしているように見えることがわかる。

このように、使われている音の構成音から考えると、本来のキーはCであるのに、メロディーや「コード進行」などからはEm7の部分が中心となるように曲が構成されている。これは、ジャズ理論の文脈でしばしば「モード」と捉えられる手法であり、この曲の場合、Cのキーの構成音で「ミ」を中心とした楽曲となっているので、「フリジアン」モードと呼ばれる。

フリジアンモードを簡単に体験するのは、このスケールを弾いてみるのが手っ取り早い。以下のスケールを弾いてみると、なにかこのAの部分と共通するものが感じられる。このように、Aの部分の緊張感は、この「フリジアン」と呼ばれる調性からの浮遊感から生み出されているのである。

フリジアン

さて、しかしながら、Aの部分の緊張感は、これだけでなく、アレンジ面にも起因するところがある。以下は、この曲の「シンセベース」のパートを採譜したものである。

Bass

これを見ると、いわゆるベース音の部分だけでなく、非常に高い音域の音をこのパートが受け持っていることがわかる。そして、その間、ベースがないという一種の空白状態が生じ、これが緊張感を高めることにもつながっている。

中田ヤスタカ氏は、MARQUEE Vol. 83でのアルバム「World of Fantasy」に関するインタビューでインタビュアーから「「ちょっと鍵盤に走っているなー」って感じたんだけど」、と尋ねられて、以下のように答えている。

うーん・・あまり意識はしていないんですけどね。ただ、自分が持っているものを全て総動員しないと出来ない音楽にはしたいと思っていますから。"自分だからできる""人にはできないかもしれない"っていうものを無意識のうちにやっていて、それで鍵盤を選んだのかもしれない、「これだけ構造的にフロアをアゲるような作りになってるけど、鍵盤のコードはなんかすげー複雑に動いてる」とか(笑)。あのコード感だけを全面に押していくとフュージョンになっちゃうんですけど、多分(笑)。「そういうのはあまり無いし、面白いな」と思って。

このインタビューからも理解される通り、やはり、中田ヤスタカ氏自身がフュージョンをなんらかの形で意識しているということには間違いがなさそうであり、この曲は、シンセベースを使ったフュージョン的ベースラインと理解できよう。

Original: Perfume "Have a Stroll" [A]: フリジアンの誘惑(2012/01/03)
PTO: ver1.0 (2014/01/05)